ホンダが来季レッドブルにPU供給決定

来期は最大のチャンス

2015年にF1に復帰したホンダ。これまでは思うような成績を挙げられていない。だが来季は最大のチャンスになる。

F1のトップチームレッドブルにPUを供給することが決定したのだ。あれ?マクラーレンはトップチームではないの?という意見もあるだろう。私見としてマクラーレンはもうトップチームとは言えない。なぜならばロン・デニスというカリスマを失ったマクラーレンは没落する一方だからだ。

これはスポンサーの獲得に現れている。かつてはマールボロ、ウエスト、ボーダフォンなどのメインスポンサーがいたが現在は不在。相当活動資金に苦しんでいるのは容易に想像できる。さらにホンダ時代に活動資金をバックアップしてもらっていたのでその資金が無くなれば、開発にかける予算は縮小される。F1での予算の減少は即、成績に跳ね返る。成績が出ないとスポンサー獲得の材料がなくなるからだ。という事は成績の向上は望めないという事になる。

かたや来季からパートナーになるレッドブル。元々はジャッキー・スチュワートが創設したスチュワートレーシングが母体。そしてジャガーレーシングとなり現在はレッドブル。

当初は成績が芳しくなかったが、エイドリアン・ニューウェイという天才デザイナーが来てから成績は急上昇。チャンピオンチームにもなっている。さらに安定した資金もある。数々のスポーツイベントのスポンサーにもなり、最大手のエナジードリンクメーカーのレッドブルがチームの母体でありスポンサー活動も順調。今期PUを供給しているトロ・ロッソは兄弟チームであり、今期はホンダの力量を推し量る為に供給したようなものだ。

ホンダの懸念は年間のPU供給が3基に制限された事。昔はレース毎にPUを交換していたがコスト削減の下に制限が加えられた。18戦あるとすれば単純に1基当たり6戦保たせなくてはならない事になる。距離にして1800キロ。さらに高回転で回し、パワーも出さなくてはならない。なかなか困難な課題だ。

ホンダがレースに出る理由は「レースで得た技術を市販車に還元する」という事に尽きる。それはF1だけではなくどのカテゴリーでも共通。だからホンダには過去の栄光にとらわれずにどんどん挑戦してもらいたい。ここで本田宗一郎の名言を一つ。

「失敗を恐れるより何もしない事を恐れろ」

東海道新幹線事件の報道姿勢

新幹線で…

新幹線で通り魔事件があり「3人が死傷」した事件。亡くなられたかたには哀悼の意を表します。このような事が起こると「安全管理はどうなっている」という意見が出ます。しかし現実的に「飛行機のような手荷物検査」はできません。

理由は「過密運行」だからです。これを実行すれば「新幹線の運行本数は半分以下」になるのは明らかです。それでもいいという人はまずいないでしょう。少し遅れただけで「サービスの低下」と批判するマスコミがこれに噛みついてくるのは容易に想像できます。

容疑者は自閉症?

容疑者は自閉症という報道がされていますが、この報道はいかがでしょうか?日頃「差別ガー」と言っているマスコミがこのような報道をするとは信じられません。この報道は「障害者差別」そのものではありませんか?

自閉症だからこのような犯罪を起こすというのはありません。適切な療育、支援をやれば症状を改善することはできます。この容疑者が自閉症であるのならば「適切な対処をとられなかった」というある意味被害者とも言えます。とはいえやったことが許されるわけではありませんが…。

全国民に検査をするとでも?

このような自閉症の人物を野放しにするなという意見は必ず出てきます。ではそののような人物をどのように判断するのでしょうか?

全国民に「検査」を義務付ければいいと思います。そうすればそのような人の望む自閉症などの人物を隔離する事ができるでしょう?しかしこのような事をやるとなれば「猛烈な反対」をするのは明らかです。

それは「自分も実はそうなのではないか」とわかってしまうという事への恐怖感もあると思います。発達障害が大人になってわかってしまうという事も少なくない昨今、結構な数に上ると想定されます。

まとめ

今回の事件は障害のあるなしではありません。では健常者がそのような事件を起こすことはないのか?と言えばそのような事はありません。だから障害があるからこのような事件を起こしたという報道は偏見を招くので控えてほしいと思います。

 

自動二輪の卒検

落ちました(笑)

昨日、自動二輪の卒検があり落ちてしまいました。言い訳になるかもしれませんが、「緊張とプレッシャーに負けた」というのが本当のところです。

クランク、S字、坂道、急制動、一本橋という課題は緊張しながらもクリアできたのですが、「ウインカー消し忘れ、エンスト」が原因。細かい所での累積が響いての結果でした。しかしそれには理由があります。

バイクの癖。私が乗ったのが、ギヤが落ちにくいモノであったこと。それに緊張感が重なってエンスト…。その後は負の連鎖。私の教習所では「ウオームアップ」というのがありませんでした。しかしいろいろネットで検索して見ると、一周程の走行後に検定開始という所もあるようです。

その点は別室に呼ばれた時に「偉い人」にしっかりクレームを入れておきました。色々な人が乗る教習車ですからねぇ、変な癖がついていてもおかしくないです。

次回は二週間後

仕事の関係上次回は「二週間後」になって、その前に一時間「補習」を受けなければなりません。あまりにも早く補習を入れてしまうと「感覚を維持」するのが困難になるので、前日に入れる事にしました。あとはメンタルの問題。緊張感がないというのはあり得ないですが、緊張しすぎというのもよくないと実感したのは良い経験になったと思います。もう一つは「卒検というのはこういうものだ」とわかったのも収穫です。

ポジティブシンキング

落ちたものは仕方がないと割り切ってポジティブに行こうと思います。「またバイクに乗れる」、「練習の機会をもらった」という発想の転換です。正直、余計なお金がかかるのは痛いですが…。

落ちた人に対して「センスがないからやめろ」という声もネット上では見られます。センスとはいったい何でしょうか?極論を言えば,センス=才能ととらえれば「センスのある人ばかり」なら交通事故は起きないはずでは?

よく教習所で聞くのが「一回で通る人ほど事故率が高い」という事。私も自動車は一回で取っていますが、御多分に漏れず「事故の経験者」です。二輪は事故が起きたら「ダイレクトに体に跳ね返ってくる乗り物」なのでそれをいい方に捉えて二回目に臨みたいと思うます。

今日のTwitterから

天安門事件から29年

本日6月4日は天安門事件から29年目の日です。1989年の6月4日に「民主化を求めて」学生が中心となって蜂起した運動の事を言います。

この民主化運動に危機感を持った「中国共産党」が軍を出動させ、運動に携わった人を多数殺害しました。死亡した人数は「中国政府」の発表では319人と発表されていますが、実際はもっと多いと言われています。

中国では日本の公共放送 NHKを見る事ができますが、天安門事件を伝えるニュースとなった時に「画面が真っ暗」になったそうです。これは逆に見ると中国共産党が民主化運動を恐れている表れとも取れます。有識者は「あれだけの人口をまとめるのは一党独裁でないとできない」と言っていますが、果たしてそうでしょうか?単に、中国を批判する事の出来ない「日中記者協定」に縛られているだけだと思います。そう遠くない未来にインドが中国の人口を抜くと言われています。インドが様々な問題がありながらも「民主主義」でやっている現実を見れば、「中国ができない理由」はありません。

中国という国は「中国共産党」の独裁国家です。日本の報道を見ると「さも自由経済で資本主義」のような誤解を与える報道になっていると言わざるを得ません。その反面。日本の安倍政権は「長い期間やっているのは独裁」のような報道。少なくとも「選挙」という手段で選ばれたのですから「独裁」ではありません。「数の力で押し切るのは独裁」という意見もあります。しかしながら「民主主義」とは「数が力」であることは疑いのない事実です。野党もそんな事を言っているのならば「数で対抗すればいい」と思います。

ただこれには落とし穴があります。「ただ頭数をそろえただけでは意味がない」という事です。希望、民進が合併し国民民主党が誕生しましたが、これがまさにそれです。選挙で過半数をとらなければ政権をとることはできません。しかし今の状況ではそれはないでしょう。このように野党が「混迷する事」が与党にとって「手助け」になっているのは皮肉ですが…。

 

 

マスコミ報道は果たして公正なのか?

批判だけはするマスコミ

最近のマスコミの報道はおかしいと思わないだろうか?日本大学のアメリカンフットボール部員の「悪質タックル」の大学側の対応を問題視しているが、マスコミにそれを批判する資格があるだろうか?

ついこの間は「セクハラ問題」が世間を騒がしていたが、その時の対応は「決して正しい対応」とは言えない。むしろ「マスコミがマスコミを批判する事はない」という事が明るみになっただけだ。

なぜ追及が「福田氏」の方向だけに行かなければいけなかったのか?テレ朝側の「音声データ」の解明の方向に行くのが本来の流れ。ところがマスコミは追及しすぎると「マスコミ全体の信用」に関わるという事で手心を加えているように見える。そこに日本大学の問題が浮上した。マスコミにとっては渡りに船。「この問題を大きくすれば」目線をそらす事ができるという事で大きくしたのではないか?

「20歳の学生が」というのが不可解

マスコミは「20歳の学生が監督の命令で仕方なくやった」という方向にもっていこうとしている。だがこれが「20歳の社会人が反社会組織に脅されて犯罪に手を染めた」となれば「この20歳の社会人は同情を集める」だろうか?「反社会組織に出入りしているからこのような事になる」という目で見られるだろう。

20歳。法律的にも、社会的にも「大人」である。ところがマスコミは「大学生」という事だけで「未成年」のような扱いをしている。そしてその学生を「立派だ。学生を一人で記者会見に出させるのはけしからん」という論調にしている。記者会見にしても「この学生」が一人でセッティングしたのならすごいと思うが、日本大学側がおぜん立てしたと聞く。

マスコミは何のために記者会見にきたのか?

日本大学側の対応が「けしからん」という論調。だがマスコミ側にも問題がある。「記者会見に来てやっている」という態度に問題はないのか?別に来てくれと頼んでいるわけでもないし、取り上げる気がなければ行く必要もない。最初の話に戻るが、「セクハラ問題隠し」と思われても仕方ない。

女性の味方という欺瞞

セクハラはいけない事である事は間違いない。だが「女性が勇気を出しているから真実」というのは飛躍しすぎではないか。ハッキリ言って「この風潮を利用しよう」と思っている女性もいるのではないか?

痴漢冤罪などはその典型だ。「痴漢です」と疑われたら「女性が言っているから」という事だけで警察に拘束される。この男を嵌めてやろうと思えば「可能」という事だ。これが逆に女の痴漢がいたとすればどうなるか?という事は司法も想定していないと思われる。もしいたとしても「痴漢された」と泣いて言えばそれが通ってしまうという恐ろしい世の中になる。

私はそのような女性は「一定数」は存在するという考えだ。セクハラも「男が女にする」だけが該当するものではない。「女が男にする」のもセクハラだ。ところがそれは「都合が悪い」のでマスコミは無視する。マスコミや司法にとっては「女性は男に襲われる立場でなければならない」というのが固定概念としてあるようだ。

 

安倍政権を野党は打倒できると思いますか?

所詮憶測

森友、加計問題で1年以上国会が空転している。もういい加減にしてもらいたいというのが率直な気持ち。

そもそも事の本質は「友人だからえこひいきしたはず」というのが始まり。当の安倍総理は40年来の友人であり「仕事の話を友人関係に持ち込まない」というのが信念だという。

ところが野党は「普通は友人なら便宜を図るのが当たり前」らしい。これが普通という感性がどうかしているし、野党は当たり前にやっていたのだろうと思ってしまう。一般的に仕事の話を友人関係に持ち込んで「この商品買ってくれ」と言われてどう思うか?それが答えではないか。

証人喚問に意味があるのか?

柳瀬元総理秘書官の証人喚問が行われて「正直に言え」と言っているが、野党にとっては結論ありきであって「どんなことを言っても」自白しない限り求めることはないだろう。この手法は問題になった「シナリオを作ってその通りに進ませる」検察のやり方そのものではないか?結果何が起きたか?冤罪である。

このような事を許す証人喚問に意味があるとは思えないし。国会議員が「証人喚問を求めます」というのがここまで頻発すると「数撃ちゃ当たる」ということになり本来必要のない事までやることになる危険性がある。国会も証人喚問を求める際の条件をもっと厳しくする必要性があるのではないか?

獣医師会を証人喚問すべき

意味のない証人喚問が頻発すると書いたが、逆に本来証人喚問すべき人物を呼ばないのもおかしい。

この加計問題で「京都産業大学」が選ばれなかったのがおかしいというのが野党の論調だが。そもそも1校だけとなったのが「獣医師会」の圧力という事を意図的に無視しているきらいがある。

ほぼ半世紀近く新たな獣医学部を創設させてこなかったのが「獣医師会」だし、仕方なく認めても「最低限」の抑えるという手段に出る事ができる組織だ。これは言ってしまえば「利権」そのもの。

ある特定の政治家に献金をして「政治的」に利権を独占している組織。この長を証人喚問すればなぜ1校しか選ばれなかったのかがはっきりするだろう。

野党は政権打倒はできない

政権打倒を野党はできるか?と言えば今の状況では無理と言わざるを得ない。マスコミを使って支持率を下げて、この森友、加計問題で国会を空転させているのをもう一般人は見破っている。

もう一つ根本的に「日本をよくしよう」という気概が今の野党にはない。それに日本国民は「民主党政権」を良くも悪くも経験してきたので野党に政権を取らせるわけにはいかないという気持ちもまだ多く国民意識にある。

それに野党は「日本国民の方を向いていない」というのもある。民主党政権で「国民の生活が第一」というスローガンを掲げていたが、国民の上には「中国、韓国」が付くのかという位中国、韓国を優先させてきた実績がある。その極みが「外国人参政権」。このような事をやってきて「党の分裂を繰り返して、名前が変わったから新しい党です」というのは日本国民を馬鹿にしている。

 

セクハラ問題のマスコミ報道の疑問

女性は有利?

TOKIO山口達也氏の事件が世間を騒がしたが、この事件に対するマスコミの報道は「被害者の女子高生はともかく悪くない、悪いのは山口氏」という論調だ。

だが私はこの事に疑問がある。確かに悪いのは山口氏。だがこれが「女性タレントが男子高校生にキスをした」となればどうだっただろうか?おそらくは「男子高校生」が加害者とされていたと私は思う。

そもそも前提が「女はか弱いもの、男は女を襲うもの」というのがおかしい。女だって性欲はある。逆の事があっても何の不思議もない。

例を挙げれば、痴漢冤罪はこの極み。痴漢されたと言えば、「やっていない」と言っても「女性が泣いているから、女性が嘘をつくわけがない」と言われて男の言い分は一切聞かれない。でもよく考えてみれば、「泣いているから嘘をつくわけがない」と言うのは男性目線での理屈だ。これが「男性が泣いているから嘘をついていない」とはならないのはなぜか?それは男性目線で「泣くなんて男らしくない。どうせ嘘をついている」という感情が先に立つからだ。

痴漢や強制わいせつは犯罪なのは間違いない。だがそれを悪用する人もいるのは確か。それを一切考えず。女性の言い分を100%信用するのはおかしい。

これは福田事務次官の問題にも当てはなる。「音声データがあるから間違いない、女性が勇気を出して告発している」という事だけが根拠。では音声データの分析はしたのか?全ての音声データを提出するべきという論調にならなければおかしい。

それに山口氏の事件に女子高生は「警察に被害届」を出したが、テレビ朝日の女性記者は「被害届」を出していない。そんなに心に傷を負ったというのならなぜ出さないのか?

その理由はただ一つ。「政権を倒す」事に利用できると考えたから。警察に被害届を出せば、全てのデータを提出しなければならないし、場所、日時なども徹底的に調べられる。そうなれば都合が悪い事も明るみになる。そうなれば都合が悪いからに他ならない。

マスコミの支持率は信用できるのか?

安倍政権の支持率が30%を切った?

どうやら安倍政権の支持率が30%を切ったらしい。反安倍勢力は下がった事に対して喜んでいるようだが、果たしてこの世論調査は信用できるのか?

世論調査は無作為に選んだ番号にランダムにかける調査らしい。らしいというのは「私はその調査を受けたことがない」からだ。ここで疑問がある。昼間に携帯だろうが固定電話だろうが電話に出る事の出来る人は非常に限られる。という事は、ほとんどが定年退職した団塊の世代と思われる。

団塊の世代は『社会主義』を信奉していて、だが就職してからは「資本主義」の恩恵を一番受けている世代だ。こう言っては悪いが「カネはある」。さらに根本的な思想は「社会主義」。「再分配」と言う言葉がよく使われるが、分配というのは社会主義の言葉だ。現に今の国会議員は団塊の世代ばかりだ、

それに携帯電話にかかってきても非通知なら出る人は多くない。という事は調査に答える人はほとんどが「昼間に家にいる人」すなわち「定年した世代」である「団塊の世代」という事になる。

あまりにも調査の数が少ない

日本の総人口を1億人と仮定して、調査サンプル数が1000もないものが「果たして正当な世論の声」かという疑問もある。本当の世論を表すのは「選挙の投票率」くらいないとダメなのではないか?

極論、地域によって支持政党の傾向というのはマスコミは把握しているはずだし、ランダムにやっていると言っても「それを証明してはいない」。コンピュータがやっているからというのは理由にはならない。逆にいくらでも「操作」は可能だからだ。ネットで噂になっている「宝くじはイカサマ」というのもコンピュータは不正ができるというのがベースになっている。

なぜdボタンなどの機能を利用しないのか?

なぜマスコミはデータ放送利用しないのか?せっかく国全体で地上デジタル放送に移行したのに利用しないのは理解に苦しむ。

にもかかわらず、なぜ旧態依然とした電話の調査にこだわるのか?それは前述したように「操作」が可能だからという疑惑が出る。もしこれでデータ放送を利用した結果「まるっきり違う結果」が出てしまったら、今までの世論調査の信憑性が疑われるからだ。

だが私は、それでも「データ放送やるべきと進言する。たとえこれでマスコミの信用がなくなっても(もう信用はないが…)。

今マスコミは、安倍総理が信用できないというのが国民の声という主張をしている。だが信用できないのはマスコミ自身だ。与党の不祥事ばかりを報道し、野党の不祥事は一切おとがめなし。これが公正な放送といえるのか?マスコミの本来あるべき姿は「批判すべきところは批判する。しかし公正中立に」という事ではないのか?これをやらない今のマスコミには批判をする資格がないと思うのは、私だけではないはずだ。

 

財務省官僚によるセクハラ事件についてい思う事

本人は否定しているが…

今回の財務省官僚(福田事務次官)のセクハラ事件。私はこの事件の報道に違和感を感じてならない。

なぜなら、まず巷で言われているように音声データの捏造疑惑が挙げられる。テレビでも検証されたように、明らかにツギハギの感がぬぐえない。この事に対して麻生大臣は検証しないと明言してしまった。

その理由は何か?今の状況が政府与党に不利な状態であるという事。そして、何を言ってもマスコミに歪曲されて報道されるという事もあると思われる。

そのことをいい事にマスコミは女性が勇気をもって告発したから、女性は恥ずかしくて出てこれない、出てこれないのを政府は見越して言っていると論点ずらしの方向にもっていっている。

セクハラは女性だけの権利なのか?

ではセクハラと言うのは女性だけの特権なのか?セクハラと言うのは女性から男性と言うのも適用される。だが現実問題として男性がセクハラをされても男なんだから、男がセクハラされるなんてありえない、お前嘘ついているなと言う論調になる。これは由々しき問題だ。女性の人権ばかり拡大されて男性の人権はおざなりにされている現状はどう思うのか?もちろん本当にセクハラにあっている女性はいる。だが同じように男性が女性のセクハラにあっているという現実もわかってほしい。

音声データの信憑性は?

音声データの検証はするべきだ。これが有耶無耶になったら音声をツギハギしたデータさえ持っていけば相手の人生を潰すことが容易にできてしまうからだ。

「そんなことあり得ない」と言う人もいるだろう。だが今起きているのは、まさにそのものだ。もし、これが本当に本物だったら福田事務次官に逃げ場はない。だが検証もなしに「これが証拠」と一方的に決めつけるのはどうか。

これで少子化、晩婚化に拍車がかかる?

今は晩婚化と少子化の時代と言われている。男性も女性も初婚が30代という。だがこの事でもっと晩婚化が進むと思われる。

なぜなら、相手によっては男を嵌める事も可能だからだ。付き合っていてもセクハラと言われたら、録音されていたらと思ったらとても交際などできない。このような事になればマスコミはどう責任をとるのだろうか?女性の人権を考えれば、男性の人権は放っておかれなければならないのか?

政府を含め国会議員は、少子化問題は重大と言っている。だがこのように女性の人権ばかりを過大にして、男性の人権をないがしろにしている事も気付いてもらいたい。

マスコミ自体にも問題あり

今回の事件で、福田事務次官に一切の反論を許さない論調は異常だ。しまいには辞めたという事は認めたという事という事にしている。これはもうマスコミの倒閣運動と言ってもいい。マスコミのバックにいるのは「野党」であるのは疑いの余地はない。とにかくどんな手段を使っても安倍政権を潰すという事に徹している。

マスコミが野党の支援をしているのは「マスコミにとって都合のいい政権」だからだ。まあ持ちつ持たれつだが…。

だが今回の事件についてはやりすぎたのではないか?ただ女性の証言と音声データだけで、さらに検証もしない。日本の司法はこの事に対してどう思っているのか?福田事務次官は裁判にすると言っているので、どう出るかが見ものである。裁判になれば「和解」と言うので懐柔する恐れもある。もしマスコミが不利になった場合にはあり得る。これで「敗訴」になったらすべてが公になってしまうからだ。それだけは絶対避けなければならないので、とにかくバッシングの報道になるだろう。

左翼団体ではなく市民団体と表現するのはなぜか?

国会前でデモ

国会前で「安倍首相の辞職を求めるデモ」があった。まあ実際は「安倍辞めろ!」の大合唱だったらしいが…。こんかいあつまったのは主催者発表で50000人と言われているが、警察発表では4000人程と言われる。

言論の自由があるから主張するのは自由だが、ともかく安倍総理さえ辞めればいいと言う論調には嫌気がさす。さらに求めているのは内閣総辞職と言うのが姑息。本当に政権を取りたいのであれば、それが今回デモに来た人の総意であれば、解散総選挙に打って出なければ政権をとることは不可能だ。安倍政権の支持率が下がったとはいえ、まだ30%台後半の支持率がある。だが野党第一党の立憲民主党の支持率は10%台前半。これでは政権奪取は難しい。だからともかく安倍政権を退陣に追い込むことにしたという発想になったのだろう。

今回集まったのが野党支持者。だが50000人とは盛りすぎだ。そこでマスコミを利用した。ご承知の通り野党とマスコミはつながっている。マスコミは建前は公正中立の報道を謳っているが、実態は野党の応援団だ。

マスコミはこのデモで、明らかにデモ側に立った報道をしていた。「歩道に人があふれています」という表現を使ったのもそれに当たる。そりゃ、人が集中しているところに行けばそうなるのは当然。だが問題なのはそれ全体的にあるのような表現を使ったのが問題なのだ。

これはニュースを見た人に明らかに誤解を与える。何の予備知識もなくニュースを見れば、「安倍政権に反対している人たちは50000人もいて歩道にあふれかえっている」と言う間違った情報を与える事になる。これを印象操作と言わず何というのか?

左翼団体と言う表現をしないのはなぜ?

マスコミの報道で違和感があるのが、右翼団体と言う表現はアリなのに、左翼団体と言う表現はしないという事だ。マスコミは左翼団体を表現するときは市民団体と言う言葉を使う。

それはなぜか?マスコミと左翼団体がつながっている事とマスコミ自体に左翼団体関係者がいるからだ。

左翼団体とマスコミがつながっている事が表に出てしまってはまずいという企業防衛が働いているという事は容易に想像できる。市民団体と言う表現を使えば、一般市民が怒りの声を挙げているという言い訳もできる。

マスコミが市民団体の特徴として持ち出すのは、女性。それも子供を背負った女性だ。よく冷静なって考えてもらいたい。女性だから子供を背負っているからって思想まではわからない。事実あさま山荘、よど号ハイジャック事件などには女性の活動家がいたのは確かだ。

安倍総理は何をした?

結局のところ安倍総理は何をしたのだろうか?マスコミは「加計学園と友達だから便宜を図ったに違いない」、「官僚の責任は総理の責任」という歪んだ理屈を正当化して世論誘導しているとしか思えない。今回の国会前のデモは「マスコミに踊らされた人たちがマスコミの思惑通りの行動をした」という事だろう。

「マスコミはそんなに権力はない」とマスコミは言うが、実際は「世論誘導」のし放題。本当に不正をやったいたのなら正当だが、「~であるに違いない」と憶測での報道。かたや、江田憲司議員の大阪地検の捜査情報の漏洩問題は一切報道しない。報道は公正中立が原則。一方だけを批判するのは偏向報道と言われても仕方ないだろう。