マスコミの報道姿勢の疑問2

公正中立の報道か?

最近の森友問題のマスコミの報道姿勢は疑問だらけです。

それはどのメディアも「悪いのは自分の罪を認めない安倍総理」という方向性で一致している事でも明らかです。

逆になぜみんな同じ方向なのでしょうか?それは記者クラブという制度があるからにほかなりません。私に言わせれば記者クラブとは談合組織にしか見えません。

本来報道というのは、各社の主張が違って当然です。ところが、安倍総理はこうだから無実、悪いのは財務省という報道が一つもありません、

海外、アメリカの報道では批判するメディア、擁護するメディアというものがそれぞれあります。それは一方に偏れば公正中立な報道ができないという事からです。

なんでもアメリカの真似をすればいいというわけではありませんが、この姿勢は学ぶべきです。

マスコミの目的

ではマスコミがなぜ報道の方向性が一致しているのか?それは自民党政権から野党政権への政権交代を画策しているという事。

かつて民主党政権があったが、その時はマスコミにとってやりたい放題だった。考えてみれば、CMもサラ金やパチンコなどが異常に多かった。さらに韓流を称賛する報道。

ところが自民党政権になってからCMにしろ、ほかの物にしろ激減した。これは民主党政権が韓国との関係性が深い事と無関係ではありません。

CMが激減するという事は直接収入に跳ね返ってきます。事実ある放送局などは不動産の賃貸料などがメインの収入になっているといいます。そのことから野党を応援するというのは経営的にはわかりますが、マスコミというのは報道機関。どちらかに偏った報道をするのは許されません。しかし今の報道はこの事を無視しても放送免許停止などの処分になったところはありません。一時、総務大臣が放送免許の停止という事を言っただけで「言論統制、報道が委縮する、報道の自由の侵害」など反発の声が相次ぎました。

まだ何もやっていないのにこの有様です。しかしここまで騒ぐというのは裏返せばそこまで恐れているという事です。

報道の自由と偏向報道は違う

マスコミは事あるごとに報道の自由という言葉を連呼します。では自由の対義語は何でしょうか?

それは責任です。

マスコミは報道に対する責任は基本的には取らないというのがスタンスです。これは長野サリン事件で被害者である人を加害者扱いして報道したことからも明らかです。

一応謝罪はしましたが、「しぶしぶ」というのが表に立ち、誠意というのは一切感じられませんでした。

報道の自由と偏向報道は違います。今回の森友報道も一方的な意見だけで、反対意見というのは一切報道されません。それに報道は都合のいい部分だけを切り取って放送することができます。極論、一つの意見の真意を自由に操作できることも可能です。

これを印象操作といいます。この印象操作の成果が安倍政権の支持率が下がったという事に表れています。

その支持率、世論調査がその数字を出しますが「安倍政権を支持しますか?」というだけならいいですが、それに付随する部分を変えるだけで人の意見を操作することができます。

例えば、森友問題で疑惑のある安倍政権を支持しますか?と聞かれたらどう答えますか?一般的な人は「そんな疑惑のあるのは信用できない」という方向に流れます。その付随する部分を言わずに出す支持率はマスコミの思うがままに操作できるという事に他なりません。

「国民は納得できない」という意見もありますが、では国民とは誰の事を指しているのでしょう?一つは国民ですが、もう一つは「マスコミ」です。

それにどのようにすれば納得するのか?というのは一切触れません。まあどんなに説明しても納得はしないし、納得するのは「安倍政権が総辞職」する事だけです。

野党は「政権を倒す」事だけしか考えていません。この事は民主党政権からも明らかです。民主党政権が失敗した原因は、中韓の方を向いている政治というのもありますが、一度総理になってみたかった、一度政権をとってみたかったというのが原因です。要はそこから先のビジョンがなかったからです。そこにマスコミなどの言論機関が入り込むのは非常に簡単だったでしょう。ともかく民主党の事は批判しなければいい、批判しても厳しくは追及しないというスタンスにすればいいだけですから。

投稿者: souzou1973

世の中を独自の目線で斬るというのは大げさですが、自分なりの着眼点で書いていきます。日本は世界に誇れる国であり、「日本を取り戻す!」という安倍総理の言葉に共鳴しています。「日本は日本人のもの」当たり前のことが当たり前になる世の中になるように。

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