日高晤郎さんが亡くなる

あまりにも突然

3日に突然飛び込んできた「日高晤郎さん死去」の訃報。これまで体の調子が思わしくなく、めったに休まない番組を休んだりしていた。

でも私は「年齢的なものかな。晤郎さんも70過ぎているもんな」とさほど気にしていなかった。本人も「すぐ戻ってきます」と気丈に言っていたのでそう思っていた。

そこに突然の訃報。私は「フェイクニュース?」と思ってしまった。所がほかのチャンネル、ネットを見てもやはり「亡くなった」事は事実だった。

生活の一部

北海道以外の人は「日高晤郎?誰?」と思うだろうが、北海道では「絶大な人気」を誇っていた。なにしろ40年(日高晤郎ショーは35年)北海道でラジオ番組をやっていたのだから「道民なら知ってて当然」なのだ。

まあ、思ったことを単刀直入に言う人だったからハッキリ「好き嫌い」は分かれるが…。

私にとっては、彼がエンディングで歌う「街の灯り」を聞くと「今週も終わった」と思ったものだ。子供の頃から「あって当たり前」と言う「生活の一部」であったから、心に風穴があいたような感じになっている。

道民にとって…

なぜ日高晤郎と言う人が道民に受け入れられたのか?それは「単刀直入にハッキリ言う」という事に集約される。世の中の人は「お行儀のよい、当たり障りのない事を言う人を求めてはいない」という事。

松山千春、ビートたけし、やしきたかじんなどが大衆に受け入れられている事からも明らかだ。日高晤郎さんを含んだ彼らに共通していることは何か?

それは「繊細」という事。

好き勝手に言っているように見えても「言葉選びは相当に慎重」にやっていた。別にそれは、「放送禁止用語」とかではない。

厳しい事を言っていてもそこには「やさしさ」があった。ただ言いぱなっしではなく、「~をこうしてごらん」、「次はこうしたらいい」と言うアドバイスを送っている。

彼は「過去は変えられない。でも未来は変えられる」という事で「過去」に興味はなかったのだろう。常に前を向いて生きていた人だった。

それに彼は「道民の側に立って」話をしていた。「俺は東京都民だから」というスタンスではなかった。もし彼が「東京都民」と言うのを前面に出していたらここまで支持はされなかっただろう。

亡くなった後に驚いたこと

訃報を聞いて驚いたことが「札幌市内の病院で亡くなった」という事。てっきり私は「東京都内の病院」で亡くなったとばかり思っていた。

その理由は、「彼が東京都民で、事務所、自宅が都内にあり、毎週札幌まで通っていた」という事を知っていたからだ。逆にとらえれば、東京まで帰る体力がなかったとも言えるが…。日高晤郎ショーの関係者、STVの人はもう長くないという事をわかっていたのだろうか?「長くない」という事はわかっていたのかもしれない。しかし、こんなに「突然」亡くなるとは思っていなかっただろう。

 彼はこう言っているかもしれない。

「人間死ぬときは突然だ」と。

謹んで日高晤郎さんのご冥福をお祈りいたします。

投稿者: souzou1973

世の中を独自の目線で斬るというのは大げさですが、自分なりの着眼点で書いていきます。日本は世界に誇れる国であり、「日本を取り戻す!」という安倍総理の言葉に共鳴しています。「日本は日本人のもの」当たり前のことが当たり前になる世の中になるように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です