「犯罪被害者」の権利とマスコミの報道

綺麗ごとばかりを言う司法とマスコミ

今日の「そこまで言って委員会NP」のテーマは犯罪被害者の権利。私も思うが、犯罪者の人権ばかりが拡大胃解釈されて過大に守られている。

山口県光市で起きた母子殺人事件。23歳の妻と6カ月の娘さんが殺された事件だ。当時18歳の少年が容疑者として逮捕されたが、当時のマスコミは「少年法」を盾にして、「実名報道」を渋った。「少年の人権を守る」と言う綺麗ごとに徹し、被害者の人権は無視する。「被害者は死んでしまったから人権は消滅した」と言わんばかりの対応だ。

少年法は戦後すぐにできた法律で「少年を更生させる」と言うのを主にしている。だが施行から70年近くの時間が過ぎ、時代にそぐわなくなってきている。施行された当時は「戦後の混乱期」で戦災孤児もいて治安が安定していなかった。当然少年犯罪も多かったが、この時代と現代を同じように扱うのはどうかと思う。

実際のところ「少年」とされている未成年者は「犯罪をしても少年法で守られる」と言うのをわかっている。だから未成年のうちに「やりたいことをやる」と言うのも一部にいるのも確かだ。またそれを利用する「大人」もいる。

少年法の問題点は、実名報道と過大な人権保護だ。「被害者の人権を奪ったものは人権がない」と言うのは心情的には当然だ。私は実名報道は私はやるべきだという意見。海外では「実名報道」が当然のように行われているが、日本では「少年はまだ未熟だから法律で保護しなければならない」と言うスタンス。さんざんグローバルスタンダードを推進して、そのような面は見て見ないふりをする。これこそがダブルスタンダードであり、ごまかしだ。

少年法の対象年齢を12歳までに引き下げるべき

これは私の私見だが、少年法の対象年齢を12歳、小学校6年生までに引き下げるべきだ。中学生になれば「成長期」になり、1年で体格は大人並みになる事も珍しい事ではない。人権派は「体が大人でも頭は子供」と言って擁護するが、「やっていい事、悪い事の区別」もつける事ができないのがいいと思っているのだろうか?

このような事を書くと「人権派」が騒ぐだろうが、「保護者の責任」と言うのをしっかりとらせるべき。子供の人格形成をするのは「保護者」の役割。それをやりもしないで「子供の人権」と言うのはいかがなものか。

未成年と言うのが「未熟」と定義するのならば、保護者の責任は非常に大きい。民事的なものだけでなく、刑事的なものも課されてしかるべき。

マスコミの問題点

マスコミの基本的なスタンスは「他人の不幸は飯のタネ」。ハッキリ言って「読者、視聴者が知りたがっている」というのは「マスコミが知りたがっている」と置き換えた方がいいだろう。

私自身ではないが、私の友人が「マスコミの被害?」に遭ったことがある。私が高校生の時にある駅で「女子高生」が「精神異常者」に殺害された。女子トイレに犯人が入り女子高生を刺して逃走したという事件。

この事件は全国的に大々的に報道された。私の友人は葬儀の手伝いに行っていたがそこにマスコミが取材に来ていた。いい加減家族も連日のマスコミの取材攻勢に疲れ、さらに子供をなくして憔悴している親御さんに「今の気持ちは?」、「犯人に言いたい事は?」と質問するマスコミ。

さすがに「いい加減にしろ!」と友人はマスコミの取材をシャットアウトした。その時のマスコミの対応がこっちは「取材しに来てやっているんだ」!なんだその態度は!と言う呆れかえる物だったらしい。

この姿勢は今でも変わっていないいているという事。。事件が起きたらマスコミがやることは、「加害者、被害者の顔写真を入手する」事。テレビを見ていると顔写真が「卒業アルバム」と思ったことがないだろうか?卒業アルバムという事は同級生という事。マスコミは片っ端から卒業生をあたって「卒業アルバム」を入手しているという事だ。それにカネが絡んでるかはわからないが…。

という事は、マスコミは「個人情報」を相当持っているという事になる。このようなマスコミが「個人情報」を持っていて大丈夫なのか?と思うのは私だけだろうか。

 

投稿者: souzou1973

世の中を独自の目線で斬るというのは大げさですが、自分なりの着眼点で書いていきます。日本は世界に誇れる国であり、「日本を取り戻す!」という安倍総理の言葉に共鳴しています。「日本は日本人のもの」当たり前のことが当たり前になる世の中になるように。

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