マスコミ報道は果たして公正なのか?

批判だけはするマスコミ

最近のマスコミの報道はおかしいと思わないだろうか?日本大学のアメリカンフットボール部員の「悪質タックル」の大学側の対応を問題視しているが、マスコミにそれを批判する資格があるだろうか?

ついこの間は「セクハラ問題」が世間を騒がしていたが、その時の対応は「決して正しい対応」とは言えない。むしろ「マスコミがマスコミを批判する事はない」という事が明るみになっただけだ。

なぜ追及が「福田氏」の方向だけに行かなければいけなかったのか?テレ朝側の「音声データ」の解明の方向に行くのが本来の流れ。ところがマスコミは追及しすぎると「マスコミ全体の信用」に関わるという事で手心を加えているように見える。そこに日本大学の問題が浮上した。マスコミにとっては渡りに船。「この問題を大きくすれば」目線をそらす事ができるという事で大きくしたのではないか?

「20歳の学生が」というのが不可解

マスコミは「20歳の学生が監督の命令で仕方なくやった」という方向にもっていこうとしている。だがこれが「20歳の社会人が反社会組織に脅されて犯罪に手を染めた」となれば「この20歳の社会人は同情を集める」だろうか?「反社会組織に出入りしているからこのような事になる」という目で見られるだろう。

20歳。法律的にも、社会的にも「大人」である。ところがマスコミは「大学生」という事だけで「未成年」のような扱いをしている。そしてその学生を「立派だ。学生を一人で記者会見に出させるのはけしからん」という論調にしている。記者会見にしても「この学生」が一人でセッティングしたのならすごいと思うが、日本大学側がおぜん立てしたと聞く。

マスコミは何のために記者会見にきたのか?

日本大学側の対応が「けしからん」という論調。だがマスコミ側にも問題がある。「記者会見に来てやっている」という態度に問題はないのか?別に来てくれと頼んでいるわけでもないし、取り上げる気がなければ行く必要もない。最初の話に戻るが、「セクハラ問題隠し」と思われても仕方ない。

女性の味方という欺瞞

セクハラはいけない事である事は間違いない。だが「女性が勇気を出しているから真実」というのは飛躍しすぎではないか。ハッキリ言って「この風潮を利用しよう」と思っている女性もいるのではないか?

痴漢冤罪などはその典型だ。「痴漢です」と疑われたら「女性が言っているから」という事だけで警察に拘束される。この男を嵌めてやろうと思えば「可能」という事だ。これが逆に女の痴漢がいたとすればどうなるか?という事は司法も想定していないと思われる。もしいたとしても「痴漢された」と泣いて言えばそれが通ってしまうという恐ろしい世の中になる。

私はそのような女性は「一定数」は存在するという考えだ。セクハラも「男が女にする」だけが該当するものではない。「女が男にする」のもセクハラだ。ところがそれは「都合が悪い」のでマスコミは無視する。マスコミや司法にとっては「女性は男に襲われる立場でなければならない」というのが固定概念としてあるようだ。

 

投稿者: souzou1973

世の中を独自の目線で斬るというのは大げさですが、自分なりの着眼点で書いていきます。日本は世界に誇れる国であり、「日本を取り戻す!」という安倍総理の言葉に共鳴しています。「日本は日本人のもの」当たり前のことが当たり前になる世の中になるように。

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