8月6日、8月9日は原爆の日

「過ちは繰り返しませぬ」

今日8月6日は広島に原爆が投下された日。その3日後の8月9日は長崎に原爆が投下された日です。

広島の原爆死没者慰霊碑に「過ちは繰り返しませぬ」という一文がある。その主語一体何なのだろうか。日本人?それとも人類なのか?人類ならまだわかるが「日本人」となれば違和感がある。

原爆を投下したのはアメリカ。それも「アメリカの科学者が非人道的な兵器」と警告していたのにもかかわらず使用した。アメリカが使ったのは「日清、日露戦争で白人を打ち破ったから」からと言われている。彼らは白人こそが「人間」であり、黄色人種は「動物」とみなしていた。その動物が人間を打ち破ったことが「面白くない」のだろう。事実戦死した日本兵の頭皮や頭蓋骨などをオブジェとして飾っていた写真も残っている。

当時アジアで「独立国」は日本とタイだけであり、他は欧米列強の植民地だった。中には「植民地になっても生きてさえいれば…」という人もいるだろう。だが欧米列強に植民地支配された国はどうなったのか?アフリカも欧米列強の植民地だったが、いまだに飢餓に苦しんでいる現実がある。それは何を意味するか?「資源をとるだけとって人間は奴隷扱い」していたという事。

日本には資源がない分「人間を奴隷扱い」していたことは想像に難くない。それで「生きてさえいれば…」というのは幻想とわかる。それを防ぐために戦争に行かざるを得なかったという一面はある。「話し合えば…」という人もいるが、話し合いになるわけがない。圧倒的に日本に不利な条件だからだ。

私は日本がやむにやまれず戦争に突入したと思っている。ABCD包囲網で資源を止められ、日清、日露戦争で獲得した権益もなかったことにしろという要求を飲むことはできない。欧米列強は「日本を引きずり込む」のが目的だったというのは明らかだ。

過ちを犯したのは「アメリカ」の方だ。ウラン型とプルトニウム型と異なる仕様を落としたことからも「人体実験」とわかる。その根底にあるのは前述した「黄色人種を動物」とみなしていたからだ。しかしアメリカは「原爆投下により戦争終結を早め、犠牲者を増やさずに済んだ」というのを「世界の常識」にしてしまった。それがこの「過ちは繰り返しませぬ」という言葉につながっているのだろう。

唯一の被爆国

よく「日本は唯一の被爆国」だからという表現をされる。この根底にあるのは「日本が戦争」したから。すなわち日本が悪いという事からその言葉が生まれたのだろう。悪いのはアメリカだ。「非戦闘員の殺戮」は国際法で禁止されている。それは戦争中でも変わることはない。アメリカは「各都市の空襲などの非戦闘員への攻撃」を数多く行った。その最たるものが「原爆投下」だ。

唯一の被爆国だから「戦争につながる憲法改正はまかりならん」というのもまた違うと思う。戦争は相手があるから成立するのであって「憲法改正」したから戦争になるというのは間違いだ。逆に「唯一の被爆国だから、第二の被爆者を出さないようにするのが正論」なのではないだろうか。現実に「中国、北朝鮮」という日本にミサイルを向けている国があるのだから。

ともあれ「原爆で亡くなった」人は気の毒としか言いようがない。ある日突然「死」を迎えてしまうのだから。そのような事にならないようにするのが「政治」なのではないだろうか。

 

 

投稿者: souzou1973

世の中を独自の目線で斬るというのは大げさですが、自分なりの着眼点で書いていきます。日本は世界に誇れる国であり、「日本を取り戻す!」という安倍総理の言葉に共鳴しています。「日本は日本人のもの」当たり前のことが当たり前になる世の中になるように。

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