反省のし過ぎは良くない

何のために反省する?

仕事でミスをしたときに反省しろ!と言われたことは誰もがあるだろう。でも、その反省を何のためにしているか考えたことはあるだろうか?「次に生かす」ために私は反省していると言える人は大層立派だ。

実態は「反省しています」というポーズのために「ふり」をしているのがほとんどだ。

そして事あるごとの反省会。反省会とは名ばかりの「ミスした人を探す会」というのが正しいだろう。

「こうすればよかった、ああすればよかった」と言って結論などでない。

果たしてこのような無駄な事をやる必要があるのだろうか?私はこのような反省会なる物をやることによって、「余計にミスが増える」という考えだ。

人間、ミスをするときは無意識のうちにミスをする。その原因を探っても無意識だから意味があるとは思えない。それにミスをあげつらっていると、そこに意識が向いてしまい他の事でミスが出るという悪循環に陥る。

向いていないと思うのなら「その仕事から外す」というのも選択肢の一つ。ミスをするからではなく、その業務内容がその人に合っていないだけであって「本人のプライド」を傷つけるようなことをしてはいけない。

人はミスをする生き物

私は人はミスをするものという考えを持っている。その為に必要なものは、あらゆる事態を想定しておくという事が必要不可欠。要は準備をしっかりするという事だ。

ミスというものはキッチリフォローすればミスではなくなる。そのための準備だ。

それにミスをした人をことさらに責める評論家は必要ない。このような評論家は自分では何もしないし、安全圏にいる人だから好き勝手な事を言う。

責任をとれる人がいなくなった

昔は「責任は俺がとる。だから思い切りやれ」という上司がいたものだ。だから部下が育った。ところが今はそのような上司は皆無だ。自己保身が最優先という上司が多くなったのは嘆かわしい事だ。

今は昔とは違うという人もいる。だが家庭を持っているという条件は変わらない。

反省をしすぎれば何もできなくなる

反省をしすぎれば、自分で自分に縛りをかけ何もできなくなる。そうなれば本末転倒だ。だから反省はほどほどで思いつめない方がいい。

 

マスコミの報道姿勢の疑問2

公正中立の報道か?

最近の森友問題のマスコミの報道姿勢は疑問だらけです。

それはどのメディアも「悪いのは自分の罪を認めない安倍総理」という方向性で一致している事でも明らかです。

逆になぜみんな同じ方向なのでしょうか?それは記者クラブという制度があるからにほかなりません。私に言わせれば記者クラブとは談合組織にしか見えません。

本来報道というのは、各社の主張が違って当然です。ところが、安倍総理はこうだから無実、悪いのは財務省という報道が一つもありません、

海外、アメリカの報道では批判するメディア、擁護するメディアというものがそれぞれあります。それは一方に偏れば公正中立な報道ができないという事からです。

なんでもアメリカの真似をすればいいというわけではありませんが、この姿勢は学ぶべきです。

マスコミの目的

ではマスコミがなぜ報道の方向性が一致しているのか?それは自民党政権から野党政権への政権交代を画策しているという事。

かつて民主党政権があったが、その時はマスコミにとってやりたい放題だった。考えてみれば、CMもサラ金やパチンコなどが異常に多かった。さらに韓流を称賛する報道。

ところが自民党政権になってからCMにしろ、ほかの物にしろ激減した。これは民主党政権が韓国との関係性が深い事と無関係ではありません。

CMが激減するという事は直接収入に跳ね返ってきます。事実ある放送局などは不動産の賃貸料などがメインの収入になっているといいます。そのことから野党を応援するというのは経営的にはわかりますが、マスコミというのは報道機関。どちらかに偏った報道をするのは許されません。しかし今の報道はこの事を無視しても放送免許停止などの処分になったところはありません。一時、総務大臣が放送免許の停止という事を言っただけで「言論統制、報道が委縮する、報道の自由の侵害」など反発の声が相次ぎました。

まだ何もやっていないのにこの有様です。しかしここまで騒ぐというのは裏返せばそこまで恐れているという事です。

報道の自由と偏向報道は違う

マスコミは事あるごとに報道の自由という言葉を連呼します。では自由の対義語は何でしょうか?

それは責任です。

マスコミは報道に対する責任は基本的には取らないというのがスタンスです。これは長野サリン事件で被害者である人を加害者扱いして報道したことからも明らかです。

一応謝罪はしましたが、「しぶしぶ」というのが表に立ち、誠意というのは一切感じられませんでした。

報道の自由と偏向報道は違います。今回の森友報道も一方的な意見だけで、反対意見というのは一切報道されません。それに報道は都合のいい部分だけを切り取って放送することができます。極論、一つの意見の真意を自由に操作できることも可能です。

これを印象操作といいます。この印象操作の成果が安倍政権の支持率が下がったという事に表れています。

その支持率、世論調査がその数字を出しますが「安倍政権を支持しますか?」というだけならいいですが、それに付随する部分を変えるだけで人の意見を操作することができます。

例えば、森友問題で疑惑のある安倍政権を支持しますか?と聞かれたらどう答えますか?一般的な人は「そんな疑惑のあるのは信用できない」という方向に流れます。その付随する部分を言わずに出す支持率はマスコミの思うがままに操作できるという事に他なりません。

「国民は納得できない」という意見もありますが、では国民とは誰の事を指しているのでしょう?一つは国民ですが、もう一つは「マスコミ」です。

それにどのようにすれば納得するのか?というのは一切触れません。まあどんなに説明しても納得はしないし、納得するのは「安倍政権が総辞職」する事だけです。

野党は「政権を倒す」事だけしか考えていません。この事は民主党政権からも明らかです。民主党政権が失敗した原因は、中韓の方を向いている政治というのもありますが、一度総理になってみたかった、一度政権をとってみたかったというのが原因です。要はそこから先のビジョンがなかったからです。そこにマスコミなどの言論機関が入り込むのは非常に簡単だったでしょう。ともかく民主党の事は批判しなければいい、批判しても厳しくは追及しないというスタンスにすればいいだけですから。

18歳成人についてどう思う

18歳に成人年齢が引き下げ

18歳に成人年齢が引き下げられる事が閣議決定されました。この事にマスコミは危機感を持っているようです。

その主張が成人年齢が引き下げられることによる「悪徳業者」の被害に遭うであろうという危機感です。

今まで消費者契約法で保護されてきた18歳が悪徳業者のいいカモになるというのがその主張です。

しかし「20歳は大人だから、18歳は子供だから」と言って20歳を切り捨てるのもどうかと思います。

大学も含め、学校教育の中でカネの事を教えているだろうか?

それは「カネの事を考えるのは悪い事」という日本社会の構造にあります。

「人の役に立つことをしていればカネは後からついてくる」

「カネの話をすることはあさましい」

「金持ちは悪い事をしている」

とカネとは悪いものという印象を植え付け、カネについてわからないように教育している事には一切触れない。

その状態で社会に出たらどうなるか?それはなるべくしてなってしまう。

社会はいい人ばかりではない

学校教育では「いい人ばかりで悪い人はいない」、「だから人を信じましょう」という教育をしている。しかし社会に出たら「その幻想は遥か彼方に飛んで行ってしまう」

社会に出たら全て自己責任という言葉で締めくくられる。それこそ学校教育で教えていればある程度は防げたはずである。

逆に、社会にすれば何もわかっていない方が都合がいい。会社でも言葉巧みにカネの事を言ってくる人はいる。

会社関係の事件で多いのが、横領、着服などのカネがらみの事件。それも何年もわからず急に発覚するのが多い。

なぜ引き下げるのか?

ある人は徴兵制への地ならし」という。この事を憲法改正と結び付け18歳から徴兵するという主張になっている。

しかし現在も未成年で自衛隊に入っているという事には触れない。それに徴兵制で自衛隊に入っても「育成」をしなくてはならない。

自衛隊の規律、体力、武器の教育など教えることは多い。それにその間に「給料」も発生する。日本の財政は危機的な状況と主張する人はこの点をどう説明するのだろうか?

自動車免許との整合性

成人年齢の引き下げに反対している人は、運転免許の取得年齢についてはどう思っているのだろうか?

運転免許の取得年齢は18歳というのはご存じだろう。

未成年が事故を起こせば「若い命が…」というのなら未成年に運転免許を取らせるのはおかしい。それに事故が起きれば、刑事的には本人が責任を取らなくてはいけないが、民事的には保護者が責任を取らなくてはならない。

そんな責任も完全に取れない未成年が「走る凶器」を運転するというのは整合性が取れているとは思えない。逆に引き上げるべき。

 

マスコミの報道姿勢の疑問

安倍政権は独裁?

事あるごとにマスコミは、「安倍政権は独裁だ」、「国民の事を考えていない」と批判する。だが独裁と言うのは北朝鮮や中国のような国の事を言うのであって日本には当てはまらない。

もし独裁であるならば、現在の森友問題のような政府批判など起こるわけがないし、選挙など行われない。独裁で政府批判などしようものなら、危険思想と決めつけられて当局に身柄拘束される。現に中国ではそうだ。

国民生活の事を考えていないというのもお門違い。このような主張をする人は、自分の希望を政府が聞いてくれないという事でこのような主張をしているにすぎない。よくマスコミは国が主導してやるから行動が早いと中国を称賛するが、それは中国共産党の独裁国家だからできるのであって日本にそのまま当てはめるのはおかしい。

報道の自由がない?

マスコミは先進国の中で報道の自由度が低いと言っている。だが、本来報道すべきものを報道せずに、報道したいものだけを報道するという現状を見ると矛盾している。

例えば、今話題の憲法改正を言うと戦争に向かっている、徴兵制が復活するとミスリードする。かたや中国の軍事費の増大には沈黙を貫く。これが公平中立の報道と言えるだろうか?

マスコミはあまりにも中国、韓国に忖度をしすぎている。中国の場合は日中記者協定、韓国の場合はマスコミに在日の人が多く入り込んでいるのがその原因と思われる。

報道の自由よりも報道しない自由が幅を利かせているのが今のマスコミ。

一方に偏らない公正な報道を

今話題の森友問題、この報道もひどい。森友学園に国有地を格安で売ったのが問題とされているが、その隣の野田中央公園の土地も格安で売られていることを報道しない。これは立憲民主党の辻元議員が関与されているといわれているが、そのことをマスコミは報道しない。

維新の足立議員が国会で「辻元議員が関与しているとみられる」と発言したら彼女はひどく狼狽した。この事もマスコミは報道しない。そして批判するのは「総理が関与しているの違いない」という憶測からの話ばかりに終始されている。マスコミのスタンスは「権力を批判するのがマスコミの使命」とばかりに動いている。国会議員も相当の権力を持っている。しかし野党は政権を取ってないから権力はないとでも言うような扱いをする。でも民主党政権のように政権をとるとその扱いは豹変する。

この事からわかるのはマスコミの思想は左寄りという事だ。

本日、辻元議員が関与しているとされているある組織が強制捜査を受けた。私はニュースを見ていたが、私が見た限り放送している局はない。

これこそマスコミが報道しなくてはならない事だろう。一国会議員が「極左団体」と関係を持つというのが適切な関係なのか?さらに国有地の売買ににも関与していた可能性もある。その値引き額は森友の比ではないらしい。

この事を報道しないのはなぜなのか?立憲民主党に政権を取ってほしいとしか思えない。

 

東日本大震災から7年…

民主党政権の体たらく

今日、3月11日は東日本大震災から7年目の日。当時、私は外で仕事をしており、急にめまいがしたような感覚に襲われたのを覚えている。その後の事はご存知の通り、東日本は壊滅的な被害を受け現在も復興は続いている。

地震の被害も深刻であったが、福島第一原発の問題は現在進行形の事案だ。この事故はハッキリ言って人災だ。そもそも原発というのは欧米では山間部に建設される。それは「津波などの二次被害を防ぐため」という理由からだ。

ところが日本では沿岸に建てるのが当然という状況。それはなぜか?土地が確保できないというのもあるが、津波など来ない、来てもそんなに被害にはならないから訓練はしない、という見通しの甘さがあったのだろう。

事故など起きないという前提で建てられたのに訓練などすれば安全ではない事になり、安全神話が崩れてしまう。だから安全神話を作り出したのだろう。

日本にとっては震災当時の政権が民主党政権だったのが最大の不幸だった。何しろ原発事故が起きた後に現場に総理が行くというあり得ない行動をとったのだから。

そのことにより現場は混乱し対策が後手に回ったのは事実。それに疑問なのが何故菅氏が乗るヘリコプターにテレビカメラがいたのか?という問題がある。

百歩譲って、行くのがしかたないとしてもテレビカメラが同乗するのはおかしい。

テレビカメラが乗るという事は、事前にマスコミに連絡しないとあり得ない話。これは地震の対策より「自らの功名心」を優先させた証拠だ。

所詮、菅氏は総理大臣になりたかっただけの人であることが露呈した事になった。これは菅氏だけではなく、民主党政権の内閣が皆そのような集まりという事。

民主党政権は政権を一度とってみたいというだけで、本気で日本国民のために政治を行う気などない。現在、安倍政権を攻撃して政権を奪還しようとしている旧民主党(立憲、民進、希望)に政権を任せるわけにはいかないというのも当然の話だ。

野党が復興が進んでいないという資格はない

野党は震災から7年にもなるのに復興が進んでいないと言っている。だが共産、維新以外の野党にそんな事を言う資格はない。

共産、維新以外の野党は旧民主党と言っていい。自らの初動がなっていなかったのを棚に上げて批判するというのは筋が違うのではないか?

今になって自分たちならこうやると言うのは見苦しい。その当時にできなかったものが、今になってできるとは思えない。

民主党政権に対するマスコミの忖度

現在、森友問題で財務省の安倍政権への忖度が問題視されているが、当時の民主党政権に対するマスコミの忖度はすさまじい。

原発がメルトダウン、炉心溶融しているのにも関わらず、マスコミは御用学者を呼びメルトダウンはしていないという主張に終始した。

民主党政権は国民を混乱させるという事でやったのだと予測されるが、国民の安全より政権の維持を優先させたという事と取らざるを得ない。マスコミはなぜここまで民主党政権を擁護したのか?理由は簡単で、日本より中韓を優先するマスコミは、民団をバックに持つ民主党政権は都合がいいからだ。

マスコミの取材も異常、現地が混乱しているのにも関わらず被災者への取材をする神経はいかがなものか?親を亡くした子供に対して「今どんな気持ち?」とか無神経な質問をする。さらに取材車の給油を優先させろと言わんばかりに割り込みをする傍若無人。

報道の自由がないと言っているが、ここまで自由な取材をしているマスコミのどこに自由がないのだろう?

 

 

イチロー6年ぶりにマリナーズに復帰

イチローのすごさ

イチローがマリナーズとの契約を締結した。2012年シーズン途中に移籍してから6年ぶりの復帰だ。

44歳という年齢で現役を続行しているのも驚きだが、イチローはマイナーに不調で落ちたことがない。

メジャーに定着することはものすごく難しい。ピラミッドの頂点に位置するほんの数%がメジャーだ。日本のプロ野球からもメジャーに挑戦する野手が多く出ているが、ほとんどがマイナー暮らしになり日本への復帰をしているのが現状。

その風潮を作ったのが、新庄剛志氏だ。彼は日本で特別な成績を残したわけでもない。これを見て「新庄ができるのなら俺でもできる」と思った選手がいたのも確かだ。

だが、新庄氏にはほかの選手にはない武器があった。それは守備力。そこを見ないでメジャーに挑戦した選手は、夢破れて帰国している。彼にもう少しバッティングがあればイチロー並みとは言わないが、メジャーに定着できた逸材と私は確信している。

イチローは日本にいた期間よりメジャーにいる期間の方が長い。それだけでも凄い。一時期日本球界に復帰か?との情報が流れたが、復帰すれば首位打者になるのはイチロー。究極は三冠王という事もあり得る。どんなに投手のレベルが上がったといっても日本はまだメジャーに追いついてはいない。

事実、日本で無敵を誇ったダルビッシュ有、田中将大も結構なホームランを打たれていることからもわかる。

イチローはどこまでやるのか?

イチローは50歳まで現役というのが定説だったが、どうやらそれは違うようだ。「最低50歳まで現役」というのが正解らしい。

50歳以上のメジャーリーガー?常識で考えればあり得ないが、イチローならと思ってしまう。

まずスポーツ選手が衰えを実感するところは目。老眼と動体視力の低下という所がでてくる。これはイチローといえども逃れられない。でも今の医学ならそれを軽減させることができるのではないか?

もうひとつは絶対的な筋力の衰え。これもトレーニング次第でどうにかなる。

事実、元ロッテの村田兆治氏は60歳を過ぎても120キロを超えるボールを投げている。ま、これは現役時代と同じトレーニングをやっているという前提だが。

今シーズンのイチローは?

今シーズンのイチローの起用法はどうなるだろうか?球団幹部はレフトでのレギュラーでの起用を考えているとのコメントを出している。

だが現実的にシーズン通しての起用となるのかというのは疑問符が付く。ベンチも球団のレジェンドをベンチウオーマーにするとも言えない。だから私は話半分で聞いている。

でもマーリンズ時代のように、代打での起用がメインになることはないと思っている。

安倍政権は正念場なのか?

森友問題に固執するマスコミ

森友問題。もう1年以上やっている。一体いつになったら終わるのか?

「総理が認めるまでやる」と野党は言うだろうが、この問題で大切な議題が先送りになっている事も、また確かだ。北朝鮮問題、米朝の会談の可能性、TPP11の締結などやらなくてはいけない事が山積している。

事の本質として「なぜここまで長引かせるのか?」というのがある。

「巨悪を野放しにできない」という綺麗ごとを言うのは野党及びマスコミだ。この綺麗ごとの裏には「思い通りに動いてくれない政権への恨み」があるのは想像に難くない。

民主党政権時代を忘れられない

民主党政権時代、マスコミは政権批判をほとんど行っていない。まあ選挙自体がマスコミが「世論誘導」を行ったから思い切った批判もできないという事情もあった。

最初のうちは「まだ経験不足だから」の一言で、マスコミは片付けた。しかし有権者にすればたまったものではない。「今は学習機関だから大目に見てね」というのは許されるものではない。これと同じ事を与党がやったら「大批判」になっていただろう。

それに民進、立憲、希望は旧民主党である。仮に政権交代があったとすれば連立政権を組むのは目に見えている。それは民主党政権の復活という事を意味している。

財務省が文書書き換えを認める

財務省が一転して「文書書き換えを認める」という発言をした。この一報を受け「安倍の独裁が終わったwww」、「内閣総辞職は免れない」と歓喜の声を上げている勢力がいる。仮に安倍政権が総辞職したとして、解散総選挙にならなければ政権交代にはならない、ということをわかっているのだろうか?

自公が政権を担っている以上、次期総理も与党から出る。という事は極端な政策変更はないという事になる。憲法改正も多少の変更はあるにせよ予定通りに行われる。

では総選挙になったとして野党に勝ち目はあるのか?と言えば勝算はあまりないだろう。それはなぜか?国民は民主党政権で懲りているから。

野党のどこが政権をとろうとも、第二民主党政権にしかならないからだ。

それとなぜ財務省が書き換えを認めたのか?それは消費税の問題との関係。

本来とっくに10%の税率になっているのに、現実には8%のまま。それは安倍総理の力だ。一応来年の10月に10%にすると明言はしているが、不確定要素が多い。

それが財務省にとっては面白くない。自分たちの権力を盤石にするため民主党政権を丸め込み、三党合意をさせ10%への増税を確実にさせた、はずだった。

ところが安倍政権は2回も増税を延期させた。これは財務省のプライドが許さない。そこで「森友、加計問題」を作り上げた。安倍政権さえなくせば増税は予定通りに来年の10月に行われる。財務省には時間がないのだ。省益の為には多少の犠牲はやむを得ないというのが政治、官僚の世界なのは周知の事実である。

 

子供の付き添いで映画に行ってきました

ドラえもんの映画

ドラえもんの最新作「ドラえもん のび太の宝島」を見に行ってきました。私自身ドラえもんの映画を見に行くのは、30年ぶりくらいになります。何しろ小学校以来ですからねぇ。

率直な感想ですが、昔の方が良かったと思います。これは懐古主義というわけではなく、昔の作品にはかなわないという事です。現在この映画の原案を作っているのは藤子プロです。藤子プロもドラえもんという作品を映画会社に売るという事をやっている以上、スポンサーの意向には逆らえないという事情があります。

自主規制だらけ

再放送やDVDにできない昔の作品が多くあるのはご存知でしょう。昔の刑事ドラマでは取り調べで殴る蹴るは当たり前にありました。

しかし今は警察の取り調べの自白の強要というのが問題になっているなどで再放送はできません。また劇中での車の破壊も自動車会社のイメージダウンになるので激減しています。

なぜこのような事になったのか?

ここ10年くらいでクレーマーというのが多くなったと思いませんか?まだ報道番組なら理解できますが、ドラマや映画にまでクレームをつける人がいるのは理解できません。

「このドラマ、映画はフィクションであり~」と書いてあるのが見えないのでしょうか?

映画館も昔に比べたら…

映画館に映画を見に行くことは今まではほぼありませんでした。レンタルビデオというものができてから、公開直後に見に行くより3カ月もすればレンタルで見れるという考えがあり映画館とは疎遠になっていました、

そして今回、子供の付き添いという事はありますが、30年ぶりに映画館に行ったらそのきれいなことと立ち見がないことに驚きました。

昔は席が全部埋まったら、「立ち見」といい立って見ることもざらにありました。でも今は指定席。確実に座って見られるというのはありがたい限りです。

でもその指定席制によりできなくなったこともあります。それは連続して見る事が出来なくなったという事です。

昔は一日中映画館にいたという人も珍しくありませんでした。あまりレンタルビデオも普及していない時は、そのような事が当たり前にありました。1回目は全体を見て、2回目は細かい所を見るような感じです。今はレンタルや配信が普及してそのような事はないから、入れ替え制になったのでしょう。

作品の事はともかく、大きなスクリーンで見るというにはやはりいいなと思った今日でした。

 

北海道は明日も天気に警戒

交通は大混乱

今日の北海道は交通が大混乱の一日でした。航空機、JR,高速道路が壊滅状態。航空機やJRが止まるのも困りますが、高速道路が止まるのも非常に困ります。なぜなら、北海道の輸送は高速道路を使わなければ成立しないという特段の事情があるからです。

北海道はご存知のように面積が広大です。例えば札幌~函館間は約300キロあります。この距離を北海道の人は日帰りです。本州の人は泊りという所を北海道は日帰り。これは高速道路があってこそ成立するものです。その道路が止まったら…。物流が大混乱になるのは想像に難くありません。

除雪をやってもキリがない

今日は除雪を何回やってもキリがない状態です。朝、出社して除雪、昼に除雪、夕方に除雪、そして帰宅して除雪というように一日の半分が除雪で終わってしまう一日でした。

「ある程度まとまってからやればいいのに」という人もいるでしょうが、それは得策ではありません。今日の雪は湿った雪。水分を含んだ重たい雪です。

この雪を放置しておくという事は重さが尋常でなくなる事を意味しています。除雪というのは大変な重労働です。それを少しでも軽くするためにはこまめにj除雪をするしかありません。

明日も続くのか?

この荒れた天気は明日も続く可能性が高いです。明日の朝は交通が大渋滞になるでしょう。なぜならみんな考えることが同じだからです。

この渋滞に巻き込まれれば30分で着けるところが1時間以上かかるのは避けられないです。よってみんな朝早く、いつもより30分早く出ようとしますので結果は変わりません(笑い)

それと今日は事故も多発しました。今日の気温は0度くらいで湿った雪。という事は雪の表面に水が浮いている状態です。この状態が一番滑るというのは雪国の人は良く知っています。

でも事故というのは避けられるものでもないというのも事実です。私はこの時期の事故はある意味仕方ないという面もあると思っています。

ハッキリ言って物損事故ならラッキーと思うくらいの「割り切り」も必要だと思います。

でも基本は安全運転なのは当然ですが…。

 

電車の人身事故について

今日もまた…

今日もまた電車の人身事故が起きました。人身事故といっても実際は飛び込み自殺です。

私がいつも思うのが、残された家族は大変だなという事です。電車を止めるという事は、営業妨害であり鉄道会社への賠償も発生するという事です。本人は亡くなってしまうのでいいのかもしれませんが、その賠償の請求は家族に向かいます。死んでもなお迷惑をかけるというのは、最後を迎えるにしても最低な方法です。

運転士も気の毒

鉄道への飛び込み自殺は運転士に罪はありません。

例外としてブレーキや警笛を鳴らしていなければ業務上過失致死に問われるという事もあるそうですが、それはないそうです。自動車のように舵をとれる乗り物ではない電車はブレーキ以外では避けることは不可能だからです。

でも罪に問われなくともトラウマにはなるでしょう。何しろ人間の人生の終わりを目撃するわけですから。

PTSDが心配

殺人事件を目撃してトラウマになった人がPTSDになってケアをしなければならないという報道を聞きます。しかし人身事故の当事者である運転士も同じことではないでしょうか?

実際に事故を起こしてしまった運転士はトラウマになり、辞めてしまう人もいると聞きます。そのケアはどうしているのでしょう?

何日か休暇を与えられるといいますが、そんなもので立ち直れるものではないでしょう。

人身事故防止のための対策

こう言っては何ですが自殺をする人は止めることはできません。でも運転士への二次被害を防ぐためにも対策をとることは急務です。

その為に有効なのがホームドアです。ホームドアとは電車が到着した時に開くドアで、電車が来ていないときは閉まっています。しかしこれには欠点があります。それは乗り越えようと思えば乗り越えられるという事です。

予算の関係上もあるのでしょうが、これでは効果は半減してしまいます。人命を第一に考えるのならホームドアは高いものを設置すべきです。

これは運転士の為でもあります。いつか自分も事故を起こしてしまうのではという不安を抱えるのは心理的ストレスになります。

究極は心理的ストレスで病気になってしまって、運転士が自殺してしまうという事態にもなりかねません。

これは早急に対策を講じなければならない事態です。一番良いのが自殺する人が出ないのがいいのですが…。