安倍政権と野党どちらを選ぶ?

安倍一強?

野党は「安倍独裁政権」と揶揄して攻撃をしている。独裁政権?で国民の事を考えてていないというのが野党の主張だが、果たしてそうだろうか?

野党のいう「国民の事を考える政治」とはこう言っては悪いが、大衆迎合にしか見えない。これは民主党が政権をとった時に「暫定税率を廃止します」、「沖縄の米軍基地を県外へ移転します」と口当たりのいい言葉で国民を扇動して政権をとった事からも効果的なのは明らかだ。そして政権を取った後には「マニフェストに書いていない事を実行に移す」という事をやる。結果としては国民は騙された格好になる。

この経験から国民は自民党に不信感を持っても、「野党に政権を渡せない」という事を学習してしまった。そういう意味ではあの「民主党政権」も意味があったといえるだろう。

この1年半野党は「森友問題」に終始してきた。その理由は「与党に対抗できる野党を作れなかった」に尽きる。安倍政権になって何度か総選挙をやったが、ことごとく与党に敗れている。政権奪取する機会はあった。だがそれをモノにできなかったのは野党自身。

仮に安倍政権が総辞職したとしても野党が政権をとれるわけではない。総選挙で過半数の議席を取らなければ政権をとる事はできない。だが今の野党の支持率と体たらくを見ていると政権をとれる確率は限りなく低い。

「森友問題に終始して政策についての論議ができていない」と言って与党を責めているが、裏を返せば「対案を出せない」か「総辞職させて総理を別の人にするのが目的」のどちらかだ。

安倍一強を許さないと言うが、どの政党も同じような状況に置かれれば「やることは同じ」。民主党政権の時だって「鳩山。菅、野田一強」であったのをわすれていないか?

森友問題

今話題の森友問題。佐川氏が証人喚問に呼ばれ「総理、夫人、政権関係者からの指示はない」と証言した。証人喚問では嘘の証言をすれば刑事罰の対象になる。そのようなリスクをしょってまで嘘の証言をする理由は佐川氏にはない。

だが野党はご不満なようだ。「嘘の証言をしてもいいくらいの見返りがあるから」とか「証言拒否して証人喚問にならない」とか言い出す始末。

では逆に問いたい。その見返りとは?まさか一生暮らしていけるだけのカネを手に入れ事ができるから、嘘の証言をした?とか言わないでしょうね?その金を払うのは安倍総理?冗談もいい加減にしてもらいたい。それこそこんなことをやったら「証人喚問の証言をカネで買った」と前代未聞の事になる。そこまでのリスクをおかすだろうか?

今回の証人喚問で佐川氏は50回以上証言拒否したといってマスコミ、野党が攻めているが、逆に言うと「50回以上そのような質問をした野党が愚か」と言う事になる。それに「刑事訴追の恐れ」で証言を拒否するのは認められた権利。

これを一般人の犯罪の取り調べに置き換えると「黙秘権など許さない」、「これじゃ取り調べにならない」と言っている事と同じ。取り調べの可視化、録音などをやるべきと言っている国会議員のいう言葉ではない。この問題で抜けているのは証拠の信用性。「籠池氏がこう言っている」、「このようなメモが出てきました」と言うが、その証拠とされるものの検証はされているとは思えない。

野党を選択ということはない

ハッキリ言って野党を次期政権にと言う選択肢はない。唯一可能性のあるのは維新だが、まだ勢力としては弱い。残りの党はとてもではないが政権は任せられない。その理由は日本国民ではなく外国民のための政治をやる可能性があるから。

共産党はその名の通り「共産主義」が党是だし、民進、立憲、社民、希望は韓国、北朝鮮に目が向いている。日本国民のために政治を行うのが国会議員の務めなのにもかかわらず、外国の方を向いて政治をやるなどあり得ない。

アメリカのトランプ政権が「アメリカファースト」を打ち出しているのを「極右化」とマスコミは言うが、これは極めて当然なのではないか?外国の利益のために働く国会議員などいるのがおかしいのであって、外国なら「犯罪行為」になるのではないか。

 

日本ハムの本拠地移転について思う事

日本ハムの本拠地移転は必然的 札幌市は日本ハムを舐めていた

日本ハムが北海道に移転してきて13年。いよいよ新球場移転の移転先が決定しました。その移転先は北広島市。北広島市は新球場移転を日本ハムが決定してからすぐに誘致を表明しました。

球場予定地の敷地の広さは日本ハムの要望と合致しているので問題はありません。球場までのアクセスの問題もJRとの協議をする予定。自動車で来場する事を想定し、球場の駐車場の収容台数は5000台。北広島市もアクセスの向上の為にバイパスを作る案もあり、札幌市よりも熱意を感じられました。

かたや今回北広島に敗れた札幌市。そもそも誘致の表明が、北広島市が誘致を表明して慌てて手を挙げた印象。土地を用意しようとしても地元住民との軋轢や広さで北広島市に後れを取っていたので、初めから勝負はついていた感があります。

日本ハムに対しての札幌市の対応がなってなかった 札幌市の自業自得

そもそも日本ハムが札幌ドームから本拠地を移転しようとしているのはなぜか?選手側からすれば、「~を改善してほしい」、「人工芝が足に負担をかける」という要望がことごとく無視される、球団側からすれば「使用料の問題」、「親会社が日本ハムと言う食品会社なのにもかかわらず、自社の商品を球場で販売できない」、「グッズ売り上げが球団の利益にならない」という不満が爆発した結果です。

札幌市とすれば「札幌ドームから出ていけるわけがない」高をくくっていたのでしょう。札幌市内での移転であれば土地を提供しないという妨害もできたが、誤算は北広島市が誘致に手を挙げた事です。これをきっかけに札幌市の酷さが世間に露呈された格好になって、世間の人もそれを知る事になってしまいました。

札幌ドームを日本ハムに売却するという選択肢はなかったのか?

今回の移転問題で疑問に思ったのが、札幌ドームを日本ハム球団に売却するという選択肢はなかったのか?という事です。基本的に役人は前例踏襲主義ですが、前例があったことをご存知ではないようです。もしくは知っていても無視したのかの二択です。

好例としてあるのが横浜市です。ご存知横浜DeNAベイスターズの本拠地のある都市です。DeNAが球団を買収してから横浜スタジアムも買収しました。この利点は球場の物販を球団独自で展開できる事と球場の改修の自由度が増す事、そしてファンサービスファーストを実践できる事です。

その結果横浜市はベイスターズの街という事を印象付ける事ができ、両者ともWinWinのかんけいになりました。ただこれにはリスクもあります。

最近で言えば、ダイエーホークスを売却するといった時に三点セットでないと売却できないという事態になりました。三点セットとは球団、球場、ホテルの事です。これらを合算すれば買収費用は相当な金額になります。幸運にもソフトバンクがまとめて買収したのであまり問題にはなりませんでした。何年かに一回は話題になる埼玉西武ライオンズの売却。この場合の三点セットは球団、球場、西武鉄道です。買収するのに球団、球場は仕方ないですが、西武鉄道は球団買収の足かせになっているのは否めません。西武ドームまでの西武鉄道は球場の為に作られたものです。要は球場と西武鉄道はセットなのです。買収した会社は必然的に西武ドームを本拠地にせざるを得ない状況になります。これが埼玉西武ライオンズが、球団を売却できない一番の原因です。

今回札幌市が札幌ドームを日本ハムに売却しなかったのは西武球団より事情が複雑です。札幌ドームは第三セクターが運営しています。これが意味するところは何でしょうか?

日本ハムに売却してしまえば、天下り先がなくなるという状況になるのは避けなければならないという事です。日本ハムは「こんな要望も聞けないところにいても意味がない」と思ったのは当然の事と言えます。

まとめ

今回北広島に決定した事により札幌ドームは苦しい立場になったといってもいいでしょう。5年後には平日でも15000人の動員を望めるイベントが無くなります。その穴埋めをどうするのでしょうか?まずそんなイベントはありません。

このままいけば10年、いや6,7年後には札幌ドームは不良債権となる可能性が高いというのは容易に予測できます。

あなた方が望んだ証人喚問でしょ?

本日、佐川氏証人喚問

本日、野党が望んだ元国税庁長官佐川氏の証人喚問がありました。まあ「世の中そんなに甘くない」という事になりました。

甘くないというのは「野党」にとってという事です。前日まで「佐川さん頑張れ」と言っていたのに、思い通りにいかなかったら「証言拒否で告発する」というのは手のひら返しにも程があります。

「刑事訴追の恐れがあるから~」と言って証言をしないというのも、証人に与えられた権利です。それを思うような証言を得られなかったら「証言拒否」とは…。

そもそも野党にとってこれは結論ありきなのです。この公文書改竄、土地取引に安倍総理、昭恵夫人が関与しているという証言を引き出し、議員辞職及び内閣総辞職に追い込みたいという算段なのです。

この証人喚問で明らかになったのは、政権内部、閣僚、秘書官そして昭恵夫人の関与がなかったという事です。

証人喚問の場で嘘の証言をすれば偽証罪に問われるのに嘘の証言をするのは考えずらい。しかし野党は納得しません。しまいには市民団体の「本当の事を話せ!」と言うデモに参加するという暴挙に出ました。

籠池氏の時は

振り返ってみましょう。森友学園前理事長籠池氏。彼も証人喚問の証人として国会に呼ばれました。これに対して野党は「本当の事を話せ!」となったでしょうか?

野党は籠池氏の証言を正しいという前提で話を進めています。しかし彼の証言が正しいという裏付けは取れてはいません。にもかかわらず正しいという前提で進めるという事に疑問は感じないのでしょうか?

野党ももう引っ込みのつかないところまで来ているので、今さらと言うのもあるのでしょう。これで政権などの関与がなければ野党はどう責任を取るのでしょう?

野党の質問は礼儀がなっていない

野党の質問は礼儀がなっていません。特に共産党はその傾向が強いです。今日の証人喚問を見ていても、思い通りに答えが返ってこなかったら「逆ギレ」、「恫喝」など礼儀がなっていません。これは野党の焦りとも取れます。

冒頭で政権などの関与はないという事を佐川氏が証言しました。これを肯定してしまったら、野党の今までの主張が崩れ去ってしまうという危機感からだと思われます。その危機感が、共産党の質問が終わるときに「尋問を終わります」という言葉に表れていると思われます。証人喚問は質問の場であり、尋問の場ではありません。

「国民は納得していない」と思う?

マスコミがすぐいう事、「国民は納得していない」。ではその国民はどのような人を指すのか?それは「マスコミ」と「反自民勢力」です。

今回の証人喚問でも報道は「佐川氏は嘘をついている」というスタンスです。では彼が嘘をつくことで得する事があるでしょうか?刑事処分になるリスクを負ってまで嘘をつく道理はありません。中には「嘘の証言をする事で、自民党からの見返りがある」と言う無理筋の理屈をつけてくる人もいます。

納得するのは安倍政権が無くなる事。では仮に安倍政権が総辞職、安倍総理が議員辞職したとして、総選挙になって野党が勝たない限り政権はとれません。

総選挙にならなかったら、ほぼ自民党から次期総裁=総理大臣が出ます。そうなれば「アベノミクスの継続」もあり得るでしょうし、急に政策を変換するのは考えずらいです。

まとめ

今回の証人喚問。佐川氏の勝ちとも取れます。そもそも官僚のトップ中のトップの佐川氏に国会議員が太刀打ちできるとは思えません。省庁の経験者の国会議員もいますが、佐川氏ほどのポジションまでになった人がいるでしょうか?

また「人が死んでいる」という感情論に持ち込む人もいますが、それは近畿財務局内部で起きた事。原因は財務省よりも近畿財務局の労務管理という事も考えられる。そもそも省庁の勤務が深夜、翌日にまでになるのが異常。それに財務省では自殺者が出るというのは過去にもある。人が死ぬというのは確かにあってはならないが、今回だけを特別扱いするのはちょっと違うのではないかと思います。

 

北海道日本ハムファイターズの新球場の予定地決定

北広島市に決まる

北海道日本ハムファイターズの新球場予定地が北広島市に決まった。新球場建設を日本ハムが表明してからいち早く手を挙げたのが、北広島市です。

北広島市という所を説明すると、最近は札幌市のベッドタウンとしての住宅も多い土地で、JRの駅もあるという事で人気も高い。

そこに日本ハムが新球場を建設するという。完成予定は2023年。5年後になる。北広島市の人気は一気に高まる可能性もある。野球だけならともかく、一大テーマパークとしての機能も備える施設を作る予定だ。

さて、いい事ばかりに見える今回の新球場予定地決定だが問題は山積している。

先ずは球場へのアクセスの問題。札幌ドームでは地下鉄を使っていたが、北広島になるとJRかバスしか交通機関はない。しかし最寄りの北広島駅から球場までは歩いていくのはちょっときつい距離だ。

そこで北広島市はJRと協議して北広島駅と上野幌駅の間に新駅を建設するという構想を発表している。だがこれでは観客増は望めない。アクセスと言うのは結構重要な要素だ。

究極は現在の札幌ドームの降車駅からの地下鉄の延伸がベストだが、建設費と工期を考えれば現実的ではない。

5000台は入れる駐車場を作るとのことだが、球場に入る迄の時間がどのくらいかかるのだろうか?入った時には試合が終わっていたというのでは話にならないし、渋滞に左右されず建設費も多くもなくといえば、路面電車と言うのも一考に値する。

初めから札幌市には勝ち目なし

対して敗れた格好になった札幌市。ハッキリ言って最初から札幌市に勝ち目はなかった。

なぜなら「札幌ドームと札幌市の対応の悪さに頭に来ていた日本ハムが札幌市に残るわけがない」からだ。

それに誘致する地域の反応の悪さ。八紘学園は土地を売らないといい、真駒内は真駒内公園の自然が壊れるから誘致には反対。さらに誘致するのなら「日本ハム製品の不買運動をして、さらに署名運動までやる有様」。北大構内は日本ハムが欲しい土地の広さには程遠かった。

何よりも決定的なのが、新球場への立候補の遅さ。

私は札幌ドームの所有権を日本ハムに譲ってもよかったのではないかと思う。事実。横浜スタジアムは横浜市からDeNAに所有権が移り大成功している。

しかし札幌市の返答は「出ていきたければどうぞ」というもの。その時は出ていくという判断をするわけがない」と高をくくっていたのだろう。

そこに北広島市が立候補を表明してしまった。そんな所で焦ってしまったというのが真相だろう。どっちにしてもこれは秋元札幌市長の失政だ。

出て行った後にどうやって札幌ドームを維持していく気なのか?年間50日以上最低でも1万5千人の観客を集めるイベントを誘致できるあてでもあるのだろうか?

このようなイベントを誘致できなければ札幌ドームは間違いなく不良債権になるだろう。

 

私ももしかしたら…

心当たりはありますか?

最近「大人の発達障害」というのが注目されています。学歴は申し分ないのに、社会に適応できないなどの問題を抱えている人の事を指します。

ではなぜ大人になってから判明するのでしょう?

それは日本の学校教育が未だに偏差値重視という傾向にあるからです。一応建前上はテストだけでなく、総合的に判断していると言いますが、実態は偏差値重視です。その結果が、大人になってから発達障害が見つかるという事になっています。

勉強は知識を詰め込んでそれをテストに反映させればいいですが、実社会は対人関係が大きなウエイトを占めます。今話題の「忖度」ではないですが、相手の気持ちを慮るというのは、そのような人は非常に苦手な分野になります。そして社内では浮いた存在となり、居場所がなくなるという状態になります。

職業選択の間違い

自分が発達障害と気付かず就職活動をすると、自分には不向きな職業を選択してしまう事態になります。

そのような人が向かない職業とは、社外的に人と接する仕事、チームワークを要求される仕事です。営業、販売、商社などがそれにあたります。

世間的には一流と言われる会社に就職を決めてしまったら「周りからの期待感」があり、向かないとわかっても辞めたいのに辞められないジレンマになってしまいます。それは本人にとっては最大の不幸です。

ではどのような仕事が向くのか

このような人が向く職業は、人との関わりが最低限で済む職業。例えば、ルート配送ドライバー、システムエンジニア、など「自分で仕事を管理する」職業です。

私は配送ドライバーをやっていましたが、この職業は性格に難のある人が多いといえます。一般的にドライバーというのは「気の荒い人、短気な人、暴力的な人」が多いというイメージがあると思われています。

個々の分析はあながち間違っているとは思いません。要は人と接するのが苦手という事です。特に初対面の人には。

主婦になってから気付く

発達障害に気付くのは「主婦」になってからもあり得ます。主婦というのは婚姻関係を解消しない限り継続されます。要は逃げ場がほとんどないとも言えます。

主婦は家事がメインの仕事になります。料理、掃除、子供がいれば育児というのに追われる毎日です。

ただ現実、掃除はできない、料理もできないという状態では「婚姻生活」を維持していくのは困難です。その為に必要なものはパートナーの理解です。

ただ本人もそれに甘えるというのはどうかと思います。「私は発達障害という診断を受けたから」と水戸黄門の印籠のようにして開き直るのは愚の骨頂です。せっかくパートナーガ理解しても、そのような態度をとっていてはどうしようもありません。

「努力しても治らない」というのならば、それは努力の仕方が間違っているという事です。

片付けを例に挙げてみましょう。このような人はこまめに掃除をするという事をしません。こまめに掃除をすれば片付けの労力は少なくて済むという事を理解していません。

まずはそこから理解してもらうという事から始まります。

 

「発達障害は最強の武器である」という本を読んでみた

誰もが思い当たるのでは?

成毛 眞著「発達障害は最強の武器である」を読んでみた。この本を手に取ってみて「ああ自分にも心当たりがある」と思う人も多いと思う。

発達障害の特徴として、空気が読めない、言葉の比喩がわからないという事が挙げられる。

誰もがその疑いがあるのが発達障害と私は思う。高学歴の医者や大学生の一定の割合が「発達障害」と言う人もいる。

その特徴として「文章の行間を見るという事が苦手」という事がある。これは比喩が通じないという事につながる。当然、「映画」を見てももらい泣きなどすることはない。感情移入ができないのだ。

そういう私も「感動」という映画などは見る気はない。言ってしまえば作り物の人を強引に感動させるものなど見るに値しないと思っているからだ。それよりも笑いのあるコメディを好む傾向にある。

それには理由があって「人を泣かせるのは笑わせるより簡単」という事がある。泣かせるのが簡単というのは、恋人が死ぬ、身内が死ぬなどの悲しい出来事を取り上げれば比較的簡単だからだ。

ところが笑わせるというのはそうはいかない。だが他人を貶める、下ネタを使うというのは笑わせるとは言わない。今の芸人がほとんどこのような状態なので私はテレビを見る事はないが。もっぱら動画を見ている。

「文章の行間を読むことが苦手」というのは私はない。だが「夏目漱石、芥川龍之介など」の作品は一度も読んだことがない。理由は簡単で、そのような作品は権威付けがされていて、「この作品はこう読むべき」と言われるのがいやなだけ。

作品の見方は人それぞれ違うのが当然。だから国語のテストの「この作品で作者は何を言いたいのか」という設問では✖ばかりだった記憶がある。

意外と発達障害の人は多い

エジソン、アインシュタインなどの有名な偉人も発達障害だったといわれている。たとえばエジソンは小学校を退学している。要は学校教育のカリキュラムについていけなかったという事。そこで彼の母親が教師となりマンツーマンで教育をしたという話は有名だ。

これを現代に置き換えるとマンツーマン指導のフリースクールと言う所だろうか?現代の教育環境の原型を作ったのは「エジソンの母親」であるといってもいいだろう。

エジソンは発明家というのはご存じだろう。電球など彼の発明したものは理系の知識が抜きんでていないと不可能だ。

これは発達障害の傾向と一致する。先に書いたが、文章の行間が読めないというのが特徴だとすれば答えが一つの理系に走るのは自明の理だ。

これは理系の人が全て発達障害というわけではない。ただ傾向として一定割合はいると言っているだけ。誤解のないように。

本の中に作者と和田秀樹氏との対談があったが、医者の中にも一定数はいるようだ。

なぜなら、ガン患者に対し「生存確率は○○%です」や「余命〇カ月です」という事を平気で言えるということにある。仕事とはいえ気遣いができないという医者が一定数いるのは確かだ。

発達障害は悪い事ではない

基本的に発達障害の人は人と関わることが苦手。だが逆に言えば一人で黙々とやる作業には向いている事になる。しかしそのような人に限って、人に関わる営業、販売などに就こうとする。

だがそのような人に向いているのは「一人で地道にやる仕事」。そこを勘違いして入ったとしても「苦痛な職場」にしかならないだろう。

 

いよいよプロスポーツが開幕近し

野球、F1が開幕!

3月も末近くなるといよいよプロスポーツの開幕が近いと実感します。

私が注目しているのが、プロ野球とF1です。

プロ野球は北海道在住なので、北海道日本ハムファイターズのファンです。今年は大谷翔平が抜けて、打線、投手陣がかなり様変わりします。

今年レギュラーが確約されているのが、西川、レアード位です。後のポジションはすべて競争になります。でも実際は去年とそう変わらない布陣になると予想します。

注目の清宮幸太郎選手はレギュラーとして使うにはまだまだ力不足です。しかし使わなければ成長させることはできないというジレンマがあります。しばらくは代打での起用か、2軍での起用で経験を積ませるか?の2択になります。私は2軍で経験を積ませる方がいいと思います。残念ながら、彼はまだプロのレベルには達していないといわざるを得ません。その為にはプロの球に少しでも早く慣れさせるために試合経験を積ませる方がよいという考えからです。

彼を大谷翔平選手と比べるのはちょっとかわいそうな気がします。大谷選手は「天才」で清宮選手は「秀才」です。そこを勘違いしてしまってはいけないと思います。

次にF1ですが、日本人としての注目はホンダです。

去年までマクラーレンと組み、今年からトロ・ロッソと組むホンダ。プレシーズンテストは好調です。去年まであれだけ壊れていたホンダエンジンは、ほぼトラブルフリーできています。これはホンダの努力もあるでしょうが、車体側の良さもあると思われます。

その根拠は、去年まで組んでいたマクラーレンがプレシーズンテストでトラブルの連鎖に襲われていることにあります。今年から組むフランスのルノー。F1では3チームに供給されています。しかしマクラーレンほどのトラブルになっているところはありません。ともかく熱を逃がすことに苦労しているようです。

ということは去年までホンダエンジンが壊れていたのは、マクラーレンの車体のせいとも言えるのではないでしょうか。ホンダエンジンの設計コンセプトは去年の正常発展型という事なので基本的には去年と変わりありません。

ともかくこれまでの汚名を挽回する活躍を期待せずにはいられません。

大谷翔平選手はどうなのか?

メジャーリーグエンゼルスに移籍した大谷翔平選手。相当な期待をされてメジャーリーグに移籍したが、オープン戦の成績は芳しくない。このままでは開幕メジャーも怪しくなってくる。やはり二刀流は無理なのか?

結論とすれば、最終的にはどちらかに絞らなければならなくなるのは間違いない。その時にどちらかを選ぶのか?

正直に言えばメジャーリーグに行けたのは投手大谷だからだ。160キロ超えの球を投げれる投手はメジャーでもそうそういない。打者でメジャーリーグに行けたか?と言えば疑問符が付く。

今年の開幕にメジャーでなくとも別にいいと思う。夏くらいに合わせてくればいいのではないか。

反省のし過ぎは良くない

何のために反省する?

仕事でミスをしたときに反省しろ!と言われたことは誰もがあるだろう。でも、その反省を何のためにしているか考えたことはあるだろうか?「次に生かす」ために私は反省していると言える人は大層立派だ。

実態は「反省しています」というポーズのために「ふり」をしているのがほとんどだ。

そして事あるごとの反省会。反省会とは名ばかりの「ミスした人を探す会」というのが正しいだろう。

「こうすればよかった、ああすればよかった」と言って結論などでない。

果たしてこのような無駄な事をやる必要があるのだろうか?私はこのような反省会なる物をやることによって、「余計にミスが増える」という考えだ。

人間、ミスをするときは無意識のうちにミスをする。その原因を探っても無意識だから意味があるとは思えない。それにミスをあげつらっていると、そこに意識が向いてしまい他の事でミスが出るという悪循環に陥る。

向いていないと思うのなら「その仕事から外す」というのも選択肢の一つ。ミスをするからではなく、その業務内容がその人に合っていないだけであって「本人のプライド」を傷つけるようなことをしてはいけない。

人はミスをする生き物

私は人はミスをするものという考えを持っている。その為に必要なものは、あらゆる事態を想定しておくという事が必要不可欠。要は準備をしっかりするという事だ。

ミスというものはキッチリフォローすればミスではなくなる。そのための準備だ。

それにミスをした人をことさらに責める評論家は必要ない。このような評論家は自分では何もしないし、安全圏にいる人だから好き勝手な事を言う。

責任をとれる人がいなくなった

昔は「責任は俺がとる。だから思い切りやれ」という上司がいたものだ。だから部下が育った。ところが今はそのような上司は皆無だ。自己保身が最優先という上司が多くなったのは嘆かわしい事だ。

今は昔とは違うという人もいる。だが家庭を持っているという条件は変わらない。

反省をしすぎれば何もできなくなる

反省をしすぎれば、自分で自分に縛りをかけ何もできなくなる。そうなれば本末転倒だ。だから反省はほどほどで思いつめない方がいい。

 

マスコミの報道姿勢の疑問2

公正中立の報道か?

最近の森友問題のマスコミの報道姿勢は疑問だらけです。

それはどのメディアも「悪いのは自分の罪を認めない安倍総理」という方向性で一致している事でも明らかです。

逆になぜみんな同じ方向なのでしょうか?それは記者クラブという制度があるからにほかなりません。私に言わせれば記者クラブとは談合組織にしか見えません。

本来報道というのは、各社の主張が違って当然です。ところが、安倍総理はこうだから無実、悪いのは財務省という報道が一つもありません、

海外、アメリカの報道では批判するメディア、擁護するメディアというものがそれぞれあります。それは一方に偏れば公正中立な報道ができないという事からです。

なんでもアメリカの真似をすればいいというわけではありませんが、この姿勢は学ぶべきです。

マスコミの目的

ではマスコミがなぜ報道の方向性が一致しているのか?それは自民党政権から野党政権への政権交代を画策しているという事。

かつて民主党政権があったが、その時はマスコミにとってやりたい放題だった。考えてみれば、CMもサラ金やパチンコなどが異常に多かった。さらに韓流を称賛する報道。

ところが自民党政権になってからCMにしろ、ほかの物にしろ激減した。これは民主党政権が韓国との関係性が深い事と無関係ではありません。

CMが激減するという事は直接収入に跳ね返ってきます。事実ある放送局などは不動産の賃貸料などがメインの収入になっているといいます。そのことから野党を応援するというのは経営的にはわかりますが、マスコミというのは報道機関。どちらかに偏った報道をするのは許されません。しかし今の報道はこの事を無視しても放送免許停止などの処分になったところはありません。一時、総務大臣が放送免許の停止という事を言っただけで「言論統制、報道が委縮する、報道の自由の侵害」など反発の声が相次ぎました。

まだ何もやっていないのにこの有様です。しかしここまで騒ぐというのは裏返せばそこまで恐れているという事です。

報道の自由と偏向報道は違う

マスコミは事あるごとに報道の自由という言葉を連呼します。では自由の対義語は何でしょうか?

それは責任です。

マスコミは報道に対する責任は基本的には取らないというのがスタンスです。これは長野サリン事件で被害者である人を加害者扱いして報道したことからも明らかです。

一応謝罪はしましたが、「しぶしぶ」というのが表に立ち、誠意というのは一切感じられませんでした。

報道の自由と偏向報道は違います。今回の森友報道も一方的な意見だけで、反対意見というのは一切報道されません。それに報道は都合のいい部分だけを切り取って放送することができます。極論、一つの意見の真意を自由に操作できることも可能です。

これを印象操作といいます。この印象操作の成果が安倍政権の支持率が下がったという事に表れています。

その支持率、世論調査がその数字を出しますが「安倍政権を支持しますか?」というだけならいいですが、それに付随する部分を変えるだけで人の意見を操作することができます。

例えば、森友問題で疑惑のある安倍政権を支持しますか?と聞かれたらどう答えますか?一般的な人は「そんな疑惑のあるのは信用できない」という方向に流れます。その付随する部分を言わずに出す支持率はマスコミの思うがままに操作できるという事に他なりません。

「国民は納得できない」という意見もありますが、では国民とは誰の事を指しているのでしょう?一つは国民ですが、もう一つは「マスコミ」です。

それにどのようにすれば納得するのか?というのは一切触れません。まあどんなに説明しても納得はしないし、納得するのは「安倍政権が総辞職」する事だけです。

野党は「政権を倒す」事だけしか考えていません。この事は民主党政権からも明らかです。民主党政権が失敗した原因は、中韓の方を向いている政治というのもありますが、一度総理になってみたかった、一度政権をとってみたかったというのが原因です。要はそこから先のビジョンがなかったからです。そこにマスコミなどの言論機関が入り込むのは非常に簡単だったでしょう。ともかく民主党の事は批判しなければいい、批判しても厳しくは追及しないというスタンスにすればいいだけですから。

18歳成人についてどう思う

18歳に成人年齢が引き下げ

18歳に成人年齢が引き下げられる事が閣議決定されました。この事にマスコミは危機感を持っているようです。

その主張が成人年齢が引き下げられることによる「悪徳業者」の被害に遭うであろうという危機感です。

今まで消費者契約法で保護されてきた18歳が悪徳業者のいいカモになるというのがその主張です。

しかし「20歳は大人だから、18歳は子供だから」と言って20歳を切り捨てるのもどうかと思います。

大学も含め、学校教育の中でカネの事を教えているだろうか?

それは「カネの事を考えるのは悪い事」という日本社会の構造にあります。

「人の役に立つことをしていればカネは後からついてくる」

「カネの話をすることはあさましい」

「金持ちは悪い事をしている」

とカネとは悪いものという印象を植え付け、カネについてわからないように教育している事には一切触れない。

その状態で社会に出たらどうなるか?それはなるべくしてなってしまう。

社会はいい人ばかりではない

学校教育では「いい人ばかりで悪い人はいない」、「だから人を信じましょう」という教育をしている。しかし社会に出たら「その幻想は遥か彼方に飛んで行ってしまう」

社会に出たら全て自己責任という言葉で締めくくられる。それこそ学校教育で教えていればある程度は防げたはずである。

逆に、社会にすれば何もわかっていない方が都合がいい。会社でも言葉巧みにカネの事を言ってくる人はいる。

会社関係の事件で多いのが、横領、着服などのカネがらみの事件。それも何年もわからず急に発覚するのが多い。

なぜ引き下げるのか?

ある人は徴兵制への地ならし」という。この事を憲法改正と結び付け18歳から徴兵するという主張になっている。

しかし現在も未成年で自衛隊に入っているという事には触れない。それに徴兵制で自衛隊に入っても「育成」をしなくてはならない。

自衛隊の規律、体力、武器の教育など教えることは多い。それにその間に「給料」も発生する。日本の財政は危機的な状況と主張する人はこの点をどう説明するのだろうか?

自動車免許との整合性

成人年齢の引き下げに反対している人は、運転免許の取得年齢についてはどう思っているのだろうか?

運転免許の取得年齢は18歳というのはご存じだろう。

未成年が事故を起こせば「若い命が…」というのなら未成年に運転免許を取らせるのはおかしい。それに事故が起きれば、刑事的には本人が責任を取らなくてはいけないが、民事的には保護者が責任を取らなくてはならない。

そんな責任も完全に取れない未成年が「走る凶器」を運転するというのは整合性が取れているとは思えない。逆に引き上げるべき。